五五七石橋の下の蛇の事
現代語訳
- `近頃の話である
- `ある女がいた
- `雲林院の菩提講のため、大宮大路を上がり参る途中の、西院の近くに石橋があった
- `川のほとりを、二十歳ほどの女と三十歳ほどの女が裾を上げて続いて歩いていたとき、前の女が石橋を踏み返して通り過ぎた後、橋の下に、斑模様の小さな蛇が、とぐろを巻いていて、後の女が
- `石の下に蛇がいる
- `と思っていると、橋を踏み返した女の背後へ、にょろにょろとこの蛇がついて行くので、後ろの女がそれを見て奇妙に思い
- `なにを思ってついて行くんだろう
- `踏み返されたことを憎く思ってその報復をしようというのだろうか
- `これがなにをするのか見よう
- `と、後を追って行けば、この女は、時々見返ったりするのに、自分のすぐ後ろに蛇がいることに気づかない
- `また、同じように、行き交う人もあるのに、蛇が、女について行くのを、見つけて何かを言う人もない
- `ただ、最初に見つけた女の目にだけ見えるので
- `これがなにをするのか見てやろう
- `と思い、この女の後を離れず、ついて行くと、雲林院へとたどり着いた
- `寺の板敷に上り、この女が座れば、この蛇も上ってそばにわだかまったが、これを見つけて騒ぐ人もない
- `珍しいことだ
- `と目を放さずに見ているうち、講が終わり、女が立って出ようとすると、蛇も後について出た
- `女は
- `それが何をするか見よう
- `と後について、京の方へと出て行った
- `下京のはずれに家があった
- `その家に入ると、蛇も続いて入った
- `これが彼女の家だ
- `と思った
- `昼はなにもしないだろうが、夜になれば何かするだろう
- `夜に何が起きるのか見たい
- `と思うものの、見る手立てもないので、その家を訪れ
- `田舎から出てきた者で、泊まるところがないので、今夜一晩どうか泊めてください
- `と言うと、この蛇の付いた女が主と思っていたが
- `ここに泊まりたいという人がいるんだけれど
- `と言うと、老女が出てきて
- `どなたが仰るのか
- `と言うので
- `この人こそ家の主だ
- `と思い
- `今夜一晩宿をお貸しください
- `と言った
- `いらっしゃい
- `お入りください
- `と言う
- `ありがたい
- `と思い、中へ入り、板敷に上がるとこの女がいた
- `蛇は、板敷の下の、柱のそばにわだかまっていた
- `じっと見つめ、女を守るようにして、この蛇はいた
- `蛇の付いた女は
- `御殿では
- `などと、話した
- `宮仕えする者と見受けられる
- `そうこうするうち、日が暮れて、辺りが暗くなると、蛇の様子を窺うこともできなくなったので、この家の主と思しき老女に
- `こうして泊めていただいた代わりに、麻があれば縒ってさしあげましょう
- `火を灯してください
- `と言うと
- `それはありがたいお言葉です
- `と、火を灯した
- `麻をとり出して渡したので、それを縒りつつ辺りを見れば、老女は眠ったようである
- `いまこそ蛇は寄って来るだろう
- `と見ているが、近づいていかない
- `そのことを告げよう
- `と思いはするものの
- `話せば、自分にも害が及ぶかもしれない
- `と思い、何も言わず
- `そのまま見よう
- `と、夜が更けるまで見守っていたが、結局見ることもできないうちに火は消えてしまったので、この女も眠りについた
- `夜が明け
- `なにかあっただろうか
- `と思って、慌てて起きてみれば、この女もちょうど起きたらしく、何もなさげに、家の主と思しき老女に
- `昨夜夢を見たの
- `と言い
- `どんな夢を見たのかの
- `と問えば
- `枕元に誰かいる
- `と見てみると、腰から上は人で下が蛇になった美しい女の人がいて
- `私は、人を恨めしいと思っていたばっかりに、このような蛇の姿にされ、石橋の下で、長い年月を
- `わびしい
- `と思いつつ過ごしていましたが、昨日私はあなたが重石を踏み返したことによって助けられ、石の苦から免れて
- `ああよかった
- `と思ったので、その人のいらっしゃるところを拝見し
- `感謝の言葉を述べよう
- `と思い、あなたと一緒に参ったところ、菩提講の庭に参られたため、そのお参りによって、ありがたい法を受けることができ、その力によって多くの罪滅ぼしができ、人に生まれ変われる功徳が近くなったので、とてもうれしくなり、こうして参上したのです
- `そのお礼として、幸せにしてさしあげ、よい男に巡り合わせてさしあげましょう
- `という夢を見たの
- `と話すので、ひどく驚き、泊めてもらったこの女は
- `本当のことを言うと、私は田舎から上ってきたのではなく、その辺に住む者なのです
- `それが、昨日菩提講に行く途中で、あなたにお会いし、後ろを歩いておりますと、大宮のその辺りの川の石橋を踏み返された下から、斑の小さな蛇が出てきて、あなたの御供についたので、そのことをお伝えしようと思っていたのですが
- `お話しては、私にもよからぬことが起きはしまいか
- `と恐ろしくなり、申し上げることができなかったのです
- `実際に、講の庭にもその蛇はいたのですが、他の人の目には見えないようでした
- `講が終わってお出になった折、また後について行ったので、なにが起こるのか気になって、思いもかけず、昨夜はここで夜を明かしたのです
- `夜更け過ぎまで、その蛇は柱のそばにいましたが、今朝ほど見れば、蛇はいなくなっておりました
- `それに合わせて、そのような夢語りをなさるので、とても驚いたので、こうしてお話した次第です
- `今からは、これを機会に、なんでも話しましょう
- `などと語り合い、後は常に行き通い、知人となった
- `そして助けた女は、幸せになり、最近は、誰とは知ら知らないが大臣の事務を執る非常に裕福な者の妻となり、すべての物事が叶う暮らしになった
- `尋ねれば、誰だかわかるという