七五九三河入道の遁世世に聞ゆる事
現代語訳
- `三河入道・寂昭がまだ俗人であった折、もとの妻を去りつつ、若く美しい女に懸想して、それを妻にして三河へ連れて下ると、その女は久しく患い、美貌も衰えて死んでしまったが、それでも、悲しさのあまりに葬送もせず、夜も昼も語らい臥して、口を吸ったりしていたところ、ひどい臭いが口から出てきたので、疎ましい気持ちが生まれ、泣く泣く葬った
- `それから
- `世は憂いものだ
- `と思うようになり、三河国では風祭ということをしていたが、生贄として猪を生きたまま捌くのを見て
- `この国から出て行こう
- `と思う気持ちになった
- `雉を生け捕りにして人が出てきたのを
- `では、この雉を生きたまま料理して食おう
- `味がいいかどうかもう少しみてみよう
- `と言えば
- `なんとか気に入られたい
- `と思っている何もわかっていない郎等が
- `実によさそうです
- `どうして味のよからぬはずがありましょう
- `などと世辞を言った
- `少しものの心を知る者は
- `あさましいことを言う
- `などと思った
- `こうして目の前で生きながら羽根を毟らせると、しばらくはばたばたしていたが、押さえ込んで毟りに毟れば、鳥が目から血の涙を流し、目を瞬かせながらこの者あの者と目を合わせるのを見て、堪えきれずに立ち退く者もあった
- `こいつはこんなに鳴くぞ
- `と笑い興じながら冷酷に毟る者もあった
- `毟り終えてさばかせれば、刃に従って血がどくどくと出てくるので、拭い拭いさばけば、鳥はひどく耐え難そうな声を出して死に果てたので、さばき終えて
- `熬り焼きなどして、試食してみよ
- `と人々に食べさせると
- `格別の味です
- `死んだのをさばいて熬り焼きしたものより、こちらの方が美味です
- `などと言うので、それをつくづくと見聞きし、涙を流し、声をあげて喚くと
- `うまい
- `などと言っていた者たちは当てが外れてしまった
- `そして、そのままその日のうちに国府を出、京へ上って法師になった
- `道心が起こったので、しっかりと心を固めようと、このような稀有なことをして見たのである
- `物乞いをしていると、ある家で、見事な食事を庭に畳を敷いて食べさせてくれたので、その畳の上で食おうとしたとき、簾を巻き上げた内によい装束を着た女がいるのが見えたが、それは自分の去ったかつての妻だった
- `そこの乞食め、こうなるのを見ようと思っていたよ
- `と言って見交わすのを、恥ずかしいとも苦しいとも思う気色なく
- `ああありがたい
- `と言い、食事をしっかり食って帰った
- `稀に見る心である
- `道心を固く起こしていたので、このような目に遭っても苦しいと思わなかったのである