八六〇進命婦清水寺詣の事
現代語訳
- `昔、進命婦が若かった頃、常に清水へお参りしていたが、その時の師は不犯の僧であった
- `齢八十になる
- `法華経を八万四千部読み奉った者である
- `ところが、この女を見て欲心を起こし、たちまち病になって死にかけたため、弟子たちは不審に思い
- `この病のご様子はただごとではありません
- `なにかお悩みのことでもあるのですか
- `仰せにならないのはよくないことです
- `と訊いた
- `すると
- `実は、京より御堂へ参られる女と、近づき親しくなって
- `話をしたい
- `心憂き事なり
- `なんともつらい
- `と語った
- `そこで弟子の一人が進命婦のもとへ行き、その由を話すと、女はほどなくしてやって来た
- `病人は剃髪もせずに長年過ごしてきたので、髭や髪は銀針を立てたようで、鬼のごとくであった
- `しかし、女は恐れる気色もなく
- `長年師と仰いだ心は浅いものではありませんから、どうして仰せに背いたりするでしょう
- `ご自身がそうなってしまう前に、なぜ仰ってくださらなかったのでしょうか
- `と言えば、僧は、抱き起こされつつ数珠をとって押し揉みながら
- `嬉しいかな、よう参られた
- `八万余部を読み奉った法華経の最も重要な一文を御前に奉る
- `俗人をお生みになるならば、関白、摂政をお生みなされよ
- `女をお生みになるならば、女御、后をお生みなされよ
- `僧をお生みになるならば、法務の大僧正をお生みなされよ
- `と言い終え、そのまま死んでしまった
- `その後、この女は、宇治殿・藤原頼通の寵愛を受け、はたして京極大殿・藤原師実、四条宮・藤原寛子、三井寺の覚円座主をお生みになったという