一七六九慈恵僧正戒壇築かれたる事
現代語訳
- `これも昔の話、慈恵僧正は近江国浅井郡の人である
- `比叡山の戒壇を人夫が集まらずに築けなかった頃、浅井の郡司は親しい上に師匠と檀の間柄で、仏事を催すのに僧正をお招きしたときのこと、僧への食膳を用意し、目の前で大豆を煎り、酢をかけていると
- `どうして酢などかけるのか
- `と尋ねられたので、郡司は
- `すむつかりといって、暖かいときに酢をかければしわが寄ってよく挟めるのです
- `そうでなければ、滑って挟めません
- `と言った
- `僧正は
- `どうであろうと、なんの挟めぬことのあるものか
- `投げてよこしても、挟んで食ってみせる
- `と言うので
- `そんなことできるはずがありますまい
- `と、言い争った
- `僧正が
- `では、勝ったならば、話は他でもない、戒壇を築いていただきたい
- `と言うので
- `お安い御用
- `と、煎り豆を投げると、一間ほど退いていらして、一度も落さず挟まれた
- `それを見てあきれない者はなかった
- `いま搾ったばかり柚子の実をまぜて投げたのは、挟み滑らせられたが、落すことなく、再びそのまま挟まれたのだった
- `郡司は一族が多かったので、大勢動員し、何日も経たないうちに戒壇を築いたという