三七二以長物忌の事
現代語訳
- `これも昔の話、大膳亮大夫・橘以長という蔵人の五位がいた
- `宇治左大臣・藤原頼長殿より呼び出しがあった折
- `今日明日は固い物忌みをしております
- `と返事をすると
- `どういうことだ
- `公の職にある者が物忌みなどしている場合か
- `必ず参れ
- `との厳しい呼び出しだったので、おそれながら参上した
- `その後、十日ほどあって、左大臣殿に、聞いたこともないほどの固い物忌みができた
- `屋敷の御門の隙間に垣盾などをし、仁王講を行う僧も、高陽院の方の土戸から、童子なども入れずに、僧侶だけが参上した
- `御物忌みがある
- `と以長が聞き、急いで参上し、土戸から入ろうとすると、舎人が二人いて
- `人を入れるなとの仰せです
- `と、行く手を阻んだので
- `おい、おまえら、おれは召されて参るのだ
- `と言うと、この者らもさすがに職事で常々見知っていたため、力及ばず、入れてしまった
- `参上し、蔵人所で、何の気なしに声高に喋っていたのを、宇治左大臣・藤原頼長が耳にされ
- `そこで喋っているのは、誰だ
- `と尋ねられたので、盛兼が
- `以長にございます
- `と答えた
- `どうして、これほど固い物忌みだというのに、昨夜から参り籠っていたのか
- `と尋ねよ
- `と仰るので、行って、仰る旨を言うと、蔵人所は御前に近いため
- `これは、これは
- `と大声を出し、憚らずに
- `先頃、私的に物忌みをしておりましたところ、お召しがありました
- `物忌みの由を申し上げましたが、物忌みなどということがあるか
- `必ず参れ
- `との由を仰せつかりましたので、参上した次第です
- `それで物忌みということは無いと知ったのでございます
- `と述べれば、お聞きになって、頷き、何も仰せにならず、済んでしまったという