三九四三条中納言水飯の事
現代語訳
- `これも昔の話、三条中納言・藤原朝成という人がいた
- `三条右大臣・藤原定方の御子である
- `頭脳明晰で、唐のことや我が国のことなどをよくご存知であった
- `心映えも素晴らしく、肝も太く、押しの強い性格でもいらした
- `笙の腕前も見事であった
- `背は高くなり、ひどく太っていらした
- `太りに太り、息苦しいほどに肥えられたため、医師・和気秀重を呼び
- `こんなに太ってしまったのだが、どうしたらよいか
- `立ち居をするときも、体が重く、苦しくてかなわん
- `と仰ると、重秀は
- `冬は湯漬け、夏は水漬けで、食事をされるとよろしいかと
- `と答えた
- `そこで、指示のとおりに食事をとってみたが、以前と変わらず肥え太られたため、しかたなく、また重秀を召し
- `言うままにしてみたが、効果がない
- `いま水飯を食うから見ておれ
- `と仰り、下男どもを召すと、侍が一人参上したので
- `いつものように水飯を持って来い
- `と命じられると、しばらくして、御台を用意する様子を見れば、二つある台の片方を運んできて、御前に置いた
- `御台には箸置きのみが置かれている
- `続いて、御膳を捧げ持って来た
- `賄い役が御台に置くのを見れば、中の食器に白い干し瓜を三寸くらいに切ったものが十ほど盛られている
- `また、鮨鮎の、大ぶりで、身幅の広い、尾頭を押し重ねたのを三十ばかり盛り付けてきた
- `大きな鋺を持ってきた
- `それらすべてを御台に据えた
- `もう一人の侍が、大きな銀の提に銀のしゃもじを立て、重たげに持って来た
- `鋺を受けた侍は、しゃもじで御飯をよそって高らかに盛りあげ、そこへ水を少し入れて渡した
- `殿が、台を引き寄せられ、鋺を手にとられると
- `そんなにも大きくていらっしゃる殿の御手には大きな鋺だ
- `と見えた
- `それも不自然でなく思われた
- `干し瓜を三切りほどに食い切って、五つ六つほど召し上がった
- `次に鮨を食い切って、五つ六つほどぺろりと平らげられた
- `次に水飯を引き寄せて、二度ほど箸を回されたと見る間に、御飯は空っぽになっていた
- `おかわり
- `と、差し出された
- `それが二、三度で提の御飯は空になるので、また提に入れて持って来る
- `重秀はこれを見て
- `水飯を主に召されても、こんなに召し上がれば、御太りなど治るはずがありません
- `と言って逃げ去ってしまった
- `すると、ますます相撲取りのようになってしまわれた