五一〇三東大寺華厳会の事
現代語訳
- `これも昔の話、東大寺に恒例の大法会があった
- `華厳会
- `と言う
- `大仏殿の中に高座を設け、講師が登り、堂の後ろからかき消すようにして逃げ出すのである
- `古老が伝えて曰く
- `御堂建立のはじめ、鯖売りの翁が来た
- `ここに願主の聖武帝が、召し留め、大会の講師とした
- `売り物の鯖を経机に置いた
- `変じて八十華厳経となった
- `そして、講説の間、梵語をむにゃむにゃ喋った
- `法会の半ば、高座において、たちまち失せ終えた
- `また曰く
- `鯖を売る翁は、杖を持ち、鯖を背負った
- `その鯖の数八十、それが変じて八十華厳経となった
- `件の杖の木は、大仏殿の内・東回廊の前に突き立っていた
- `たちまち枝葉を出した
- `これは白榛の木である
- `今、伽藍の盛衰に従い、この木も栄え枯れるという
- `かの法会の講師が、この頃でも、半ばに高座から降りて、後戸からかき消すようにして出て行くのは、これを真似ているのである
- `その鯖の杖の木は、三、四十年前頃までは、葉は青く繁っていた
- `その後なお、枯れ木になっても立っていたが、この度平家の放った火で焼けてしまった
- `世の末である
- `と口惜しがった