七一〇五千手院僧正仙人に逢ふ事
現代語訳
- `昔、比叡山の西塔千手院に住んでいた静観僧正という座主が夜更けから尊勝陀羅尼を誦し明かすようになって長年になる
- `聞く人もとても尊んだ
- `陽勝仙人という仙人が、空を飛び、この坊の上を過ぎるとき、この陀羅尼の声を聞いて、高欄の矛木の上に降り立った
- `僧正が怪しく思って尋ねれば、蚊の鳴くような声で
- `陽勝仙人でございます
- `上空を通り過ぎようとしましたら、尊勝陀羅尼を誦す御声が聞こえてまいりましたので、参上したのです
- `と言われたので、戸を開けて中へ招かれると、飛び込んで前に座られた
- `長年の積もる話を語り合い
- `もう帰らなければ
- `と立とうとしたが、人の気に押されて立てないので
- `香炉の煙を近くに寄せてください
- `と言えば、僧正は香炉を近くへお寄せになった
- `その煙に乗って空へ昇っていった
- `僧正は、長い年月、香炉を差し上げて煙を立てておられた
- `仙人は以前使っていた僧で、修行の間にいなくなったのをずっと不審に思っていたため、こうして訪ねて来たことを
- `哀れ、哀れ
- `と偲んでは、いつも泣いておられた