一〇九くうすけが仏供養の事

現代語訳

  1. `くうすけという猛者ぶった法師がいた
  2. `親しかった僧のもとに住んでいた
  3. `その法師が
  4. `仏を作り、供養し奉りたい
  5. `と言い回っていたので、それを聞いた人が
  6. `仏師に報酬を与えて作るのだろう
  7. `と思い、仏師を家に呼ぶと
  8. `三尺の仏を作り奉りたい
  9. `報酬としてこれを奉る
  10. `と取り出して見せると、仏師は、よいと思い、受け取って帰ろうとするので
  11. `仏師に報酬を渡して完成が遅れれば、自分も腹立たしく思うことも出てくるし、文句を言われる仏師も嫌だと思えば、功徳をつくる甲斐もないものだが、これらはとてもよい品々である
  12. `封をしてここに置いたまま、仏もここで作られよ
  13. `仏を作り終えた日にそっくり受け取られたらよかろう
  14. `と言えば、仏師は
  15. `ああ煩わしい
  16. `とは思ったが、物も多くもらったので、言うままに仏を造っていたところ
  17. `仏師の家で作るのならば、そこで食事をとるだろう
  18. `ここにいて
  19. `食事をとろう
  20. `とは申されますまい
  21. `と、食事も出さずにいるので
  22. `それもそうだ
  23. `と自宅で食事をとり、朝早く来て、一日中作業をし、夜になって帰るということを繰り返し、幾日か経て、だいたいできたところで
  24. `いただける品々で人に金を借り、漆を塗ったり金箔を買ったりしてきれいに作り奉ります
  25. `しかし、こうして人に金を借りるよりは、漆の価の分をまずいただき、金箔を貼ったり、漆塗りに渡したりしたいのです
  26. `と言ったが
  27. `なぜそのように申されるのか
  28. `始めにすべて話して決めたことではないか
  29. `物は全部まとめて手に入れたほうがよい
  30. `こまごまともらおうなどと言うのはよからぬことですぞ
  31. `と言って渡さなかったので、人から金を借りた
  1. `こうして作り終え、仏の目などを入れて
  2. `報酬をいただいて帰ります
  3. `と言えば
  4. `さて、どうしよう
  5. `と思案し、小さな娘が二人いたのを
  6. `今日だけはこの仏師に食事を出そう
  7. `何でもかまわぬから手に入れて来い
  8. `と外へ出した
  9. `自分もまた、物を取ってくるふりをし、太刀を佩いて出て行った
  10. `ただ妻一人だけを仏師に向かわせておいた
  1. `仏師が、仏の御眼を入れ終わり、夫の僧が帰って来たら、食事をたらふく食べ、封をしておいた品々をもらって、家に持って行き
  2. `これはあのことに使おう
  3. `あれはそのことに使おう
  4. `とあれこれ考えていたところへ、法師が、こそこそと入り来るままに、目を怒らせ
  5. `人の女房を寝取る奴め
  6. `やいやい、おうおう
  7. `と言って太刀を抜き、仏師を斬ろうと走りかかってくるので、仏師は
  8. `頭をかち割られる
  9. `と思い、走って逃げるものの、追いついて、斬り外し斬り外ししつつ追い逃がし
  10. `憎い奴を逃がした
  11. `頭をかち割ってやろうと思ったのに
  12. `仏師め、たしかに人の女房とまぐわりやがった
  13. `あの野郎、見つけ出さずにおくものか
  14. `と睨みつけて帰れば、仏師は、逃げ延びると、喘ぎ喘ぎ
  15. `なんとか頭はかち割られずに済んだ
  16. `見つけ出さずにおくものか
  17. `と睨みつけられなければ腹立ち紛れに
  18. `こうしてやろう
  19. `とも思ったが、対面すれば、また
  20. `頭を割る
  21. `と言うに違いない
  22. `千万の物があっても、命に勝るものはない
  23. `と思い、道具さえ引き取らず、深く身を隠した
  24. `金箔や漆代の金を借りた人が使いをよこして責め立てたので、仏師はなんとかして返した
  1. `その後、くうすけが
  2. `立派な仏を作り奉った
  3. `なんとか供養し奉ろう
  4. `と言ったので、このことを聞いた人々には、笑う者もあり、悪く言う者もあったが
  5. `よい日を決めて、仏供養し奉ろう
  6. `と、自分の主人にも頼み、知り合いにも頼んで、物をもらい、講師の膳も人に用意させたりなどし、その日になって、講師を呼ぶと、やって来た
  1. `下りて入ると、法師が出迎え、客間を掃いていた
  2. `これは、どうしたことです
  3. `と言うと
  4. `どうしてこうせずにお仕えができましょう
  5. `と、名簿書いて渡せば、講師が
  6. `思いもよらないことです
  7. `と言うと
  8. `今日より後はお仕えするつもりなので、奉るのです
  9. `と、よい馬を引き出してきて
  10. `他に物がありませんので、この馬をお布施として奉ります
  11. `と言った
  12. `また、包んであった上質な鈍色の絹を取り出し
  13. `これは妻の奉るお布施です
  14. `と見せるので、講師は、笑みをこぼし
  15. `これはよい
  16. `と思った
  1. `そして、膳を据えた
  2. `講師が食べようとすると
  3. `まず仏を供養してから、食事は召し上がるべきです
  4. `と言うので
  5. `たしかに
  6. `と高座に上った
  7. `布施が良い品々なので、講師は心して供養をすると、聞く人も尊がり、法師もほろほろと泣いた
  1. `講が終わり、鐘を打ち、高座から下りて食事をとろうとすると、法師が寄ってきて、手をすり合わせ
  2. `たいへん見事でした
  3. `今日からは、ずっとお頼みいたそうと思います
  4. `お仕えする者となりましたので、お下がりとして食べ残しをいただきます
  5. `と、箸もつけさせず、運び去ってしまった
  6. `これを怪しいと思っていると、馬を引き出し
  7. `この馬を前駆馬にするので、いただきます
  8. `と引き連れて行ってしまった
  9. `絹を持って来たので
  10. `さすがにこれはもらえるんだろう
  11. `と思っていると
  12. `冬麁物としていただきます
  13. `と取ってしまい
  14. `それでは、お帰りください
  15. `と言うので、まるで夢の中で金持ちになったような心地で、そのまま出て行った
  1. `別のところからも呼ばれていたが
  2. `これはよい馬ゆえお布施として奉る
  3. `とかねてより聞いていたので
  4. `別の人の呼ぶところへは行かずにここへ来たのだ
  5. `ということだった
  6. `こんなことをしても少しは功徳が得られるのか
  7. `いかがなものだろうか