現代語訳
- `くうすけという猛者ぶった法師がいた
- `親しかった僧のもとに住んでいた
- `その法師が
- `仏を作り、供養し奉りたい
- `と言い回っていたので、それを聞いた人が
- `仏師に報酬を与えて作るのだろう
- `と思い、仏師を家に呼ぶと
- `三尺の仏を作り奉りたい
- `報酬としてこれを奉る
- `と取り出して見せると、仏師は、よいと思い、受け取って帰ろうとするので
- `仏師に報酬を渡して完成が遅れれば、自分も腹立たしく思うことも出てくるし、文句を言われる仏師も嫌だと思えば、功徳をつくる甲斐もないものだが、これらはとてもよい品々である
- `封をしてここに置いたまま、仏もここで作られよ
- `仏を作り終えた日にそっくり受け取られたらよかろう
- `と言えば、仏師は
- `ああ煩わしい
- `とは思ったが、物も多くもらったので、言うままに仏を造っていたところ
- `仏師の家で作るのならば、そこで食事をとるだろう
- `ここにいて
- `食事をとろう
- `とは申されますまい
- `と、食事も出さずにいるので
- `それもそうだ
- `と自宅で食事をとり、朝早く来て、一日中作業をし、夜になって帰るということを繰り返し、幾日か経て、だいたいできたところで
- `いただける品々で人に金を借り、漆を塗ったり金箔を買ったりしてきれいに作り奉ります
- `しかし、こうして人に金を借りるよりは、漆の価の分をまずいただき、金箔を貼ったり、漆塗りに渡したりしたいのです
- `と言ったが
- `なぜそのように申されるのか
- `始めにすべて話して決めたことではないか
- `物は全部まとめて手に入れたほうがよい
- `こまごまともらおうなどと言うのはよからぬことですぞ
- `と言って渡さなかったので、人から金を借りた
- `こうして作り終え、仏の目などを入れて
- `報酬をいただいて帰ります
- `と言えば
- `さて、どうしよう
- `と思案し、小さな娘が二人いたのを
- `今日だけはこの仏師に食事を出そう
- `何でもかまわぬから手に入れて来い
- `と外へ出した
- `自分もまた、物を取ってくるふりをし、太刀を佩いて出て行った
- `ただ妻一人だけを仏師に向かわせておいた
- `仏師が、仏の御眼を入れ終わり、夫の僧が帰って来たら、食事をたらふく食べ、封をしておいた品々をもらって、家に持って行き
- `これはあのことに使おう
- `あれはそのことに使おう
- `とあれこれ考えていたところへ、法師が、こそこそと入り来るままに、目を怒らせ
- `人の女房を寝取る奴め
- `やいやい、おうおう
- `と言って太刀を抜き、仏師を斬ろうと走りかかってくるので、仏師は
- `頭をかち割られる
- `と思い、走って逃げるものの、追いついて、斬り外し斬り外ししつつ追い逃がし
- `憎い奴を逃がした
- `頭をかち割ってやろうと思ったのに
- `仏師め、たしかに人の女房とまぐわりやがった
- `あの野郎、見つけ出さずにおくものか
- `と睨みつけて帰れば、仏師は、逃げ延びると、喘ぎ喘ぎ
- `なんとか頭はかち割られずに済んだ
- `見つけ出さずにおくものか
- `と睨みつけられなければ腹立ち紛れに
- `こうしてやろう
- `とも思ったが、対面すれば、また
- `頭を割る
- `と言うに違いない
- `千万の物があっても、命に勝るものはない
- `と思い、道具さえ引き取らず、深く身を隠した
- `金箔や漆代の金を借りた人が使いをよこして責め立てたので、仏師はなんとかして返した
- `その後、くうすけが
- `立派な仏を作り奉った
- `なんとか供養し奉ろう
- `と言ったので、このことを聞いた人々には、笑う者もあり、悪く言う者もあったが
- `よい日を決めて、仏供養し奉ろう
- `と、自分の主人にも頼み、知り合いにも頼んで、物をもらい、講師の膳も人に用意させたりなどし、その日になって、講師を呼ぶと、やって来た
- `下りて入ると、法師が出迎え、客間を掃いていた
- `これは、どうしたことです
- `と言うと
- `どうしてこうせずにお仕えができましょう
- `と、名簿書いて渡せば、講師が
- `思いもよらないことです
- `と言うと
- `今日より後はお仕えするつもりなので、奉るのです
- `と、よい馬を引き出してきて
- `他に物がありませんので、この馬をお布施として奉ります
- `と言った
- `また、包んであった上質な鈍色の絹を取り出し
- `これは妻の奉るお布施です
- `と見せるので、講師は、笑みをこぼし
- `これはよい
- `と思った
- `そして、膳を据えた
- `講師が食べようとすると
- `まず仏を供養してから、食事は召し上がるべきです
- `と言うので
- `たしかに
- `と高座に上った
- `布施が良い品々なので、講師は心して供養をすると、聞く人も尊がり、法師もほろほろと泣いた
- `講が終わり、鐘を打ち、高座から下りて食事をとろうとすると、法師が寄ってきて、手をすり合わせ
- `たいへん見事でした
- `今日からは、ずっとお頼みいたそうと思います
- `お仕えする者となりましたので、お下がりとして食べ残しをいただきます
- `と、箸もつけさせず、運び去ってしまった
- `これを怪しいと思っていると、馬を引き出し
- `この馬を前駆馬にするので、いただきます
- `と引き連れて行ってしまった
- `絹を持って来たので
- `さすがにこれはもらえるんだろう
- `と思っていると
- `冬麁物としていただきます
- `と取ってしまい
- `それでは、お帰りください
- `と言うので、まるで夢の中で金持ちになったような心地で、そのまま出て行った