七一一二大安寺別当の女に嫁する男夢見る事
現代語訳
- `昔、奈良の大安寺の別当である僧の娘のもとに、蔵人であった人が忍んで通ううち、いとしさが募り、時々は昼も留まるようになった
- `あるとき昼寝をしていると
- `にわかに、この家の中で上の人から下の人まで大声で泣くので
- `どういうことか
- `と怪しんで、立ち出て見れば、舅の僧や妻の尼君をはじめ、あらゆる人が、みな大きな土器を捧げ持って泣いている
- `どうして土器などを捧げて泣いているのだろう
- `と思い、よくよく見れば、銅の湯を土器ごとに盛っている
- `鬼が無理やり飲ませようとしても飲めそうにない煮え湯を自ら泣く泣く飲むのだった
- `なんとか飲み干し、また頼んで注がせ飲む者もある
- `下男にいたるまで飲まない者は一人もない
- `自分の傍らに臥している娘を侍女が来て呼ぶ
- `起きて去り行くのを不安げにまた見ていると、大きな銀の土器に銅の湯を一杯入れて侍女が手渡すと、女は受け取り、細く愛らしい声を出して泣く泣く飲んだ
- `すると目鼻から煙がくゆり出た
- `驚きながらも立って見ていると、今度は
- `お客様にも差し上げなさい
- `と言いわれて侍女が土器を台に据えて持って来た
- `自分もこんなものを飲む羽目になるのか
- `と思い、驚きあきれ、戸惑っている
- `そのうちに夢から覚めた
- `目を覚ますと、侍女が食べ物を持って来た
- `舅の方も、物を食べる音がしてにぎやかである
- `寺の物を食っているのだろう
- `それを夢に見たんだな
- `と疎ましく嫌な気分になって、女へのいとしさも冷めてしまった
- `そして、気分が悪いと言い訳して、ものも食わずに出て行った
- `それっきりそこへは行かなくなってしまった