一一三博打聟入の事

現代語訳

  1. `昔、博徒の若い息子で、目鼻を一か所に寄せたような、人とは思えぬ顔の男がいた
  2. `両親は
  3. `これは、いかにして人並みな人生を送らせたらよいのか
  4. `と案じているところへ、長者の家に箱入り娘があり
  5. `美貌の婿を迎えたい
  6. `と、母親が探しているのを伝え聞き
  7. `天下の美男子という人が、婿になりたいと言っています
  8. `と言うと、長者は喜び
  9. `婿にもらおう
  10. `と、良い日を選んで約束をとりつけた
  11. `その夜になり、装束などを人に借り、月は明るかったが、顔が見えないようにごまかし、博徒らも集まれば、一人前の人物のように思われて長者らは惹かれた
  1. `さて、夜な夜な通うにつれ、日中も共に住まう時期を迎えた
  2. `どうしよう
  3. `と考えた末、博徒が一人、長者の天井裏に上がって、二人の寝ている上の天井を、みしみしと踏み鳴らし、いかめしく恐ろしげな声で
  4. `天下の美男子
  5. `と呼んだ
  6. `家の者らが
  7. `何事か
  8. `と聞きうろたえた
  9. `婿は、ひどく怯え
  10. `私のことを、世間では、天下の美貌だと言っていると聞きます
  11. `それがどうしましたか
  12. `と、三度尋ねると声がした
  13. `おまえはなぜ返答をした
  14. `と聞くので
  15. `思わず答えてしまいました
  16. `と言った
  17. `鬼は
  18. `この家の娘は、我が物にして三年も経つのに、おまえは、なぜここに通う
  19. `と言った
  20. `そのようなこととは知らず、通っておりました
  21. `どうぞお助けください
  22. `と言うと、鬼は
  23. `実に憎い奴だ
  24. `一言申して帰るとしよう
  25. `おまえ、命と姿とどっちが惜しいか
  26. `と言う
  27. `婿が
  28. `どうこたえたらよいのでしょうか
  29. `と言えば、舅と姑が
  30. `なにが姿でしょう
  31. `命あっての物種
  32. `ただ、姿を
  33. `と申しなされ
  34. `と言うので、教えの如く答えると、鬼は
  35. `それでは吸うぞ吸うぞ
  36. `と言うや、婿は、顔を抱えて
  37. `ああ、ああ
  38. `と言ってのたうちまわった
  39. `鬼は天井を踏み鳴らして帰って行った
  1. `さて
  2. `顔はどのようになったか
  3. `と、紙燭をかざして、人々が見てみれば、目鼻を一か所に寄せたような顔になっている
  4. `婿は泣きながら
  5. `ただ、命を、と申すべきであった
  6. `こんな顔で、生きていても、甲斐がない
  7. `こうなる前に、顔を一度も見ることなく、そもそも、このように恐ろしい物の所有物となった者のところへきたのが、過ちだった
  8. `と嘆けば、舅は気の毒に思い
  9. `その代わりに、私が持っている宝を差し上げよう
  10. `と言い、丁重に扱ったので、快かった
  11. `場所が悪いのだろうと、別によい家を作って住ませたので、暮らしも素晴らしかった