七一二〇豊前王の事

現代語訳

`昔、桓武天皇第五皇子に豊前の大君という人がいた
`四位で、司は刑部卿、大和守でいらした
`世情に通じ、気立ても素直で、朝廷の政治についても善悪をよく知り、除目があるときも、まず国守に欠員が出れば、希望者を国の程度を計りながら
`その人はあそこの国守に任ぜられよう
`その人は筋を通して望んでも叶うまい
`など、国ごとに話すのを人が聞き、除目の朝にこの大君が推測したことは少しも違わないため
`この大君の除目の推量は明察だ
`と噂になり、除目の前になれば、この大君の屋敷に集い
`なるだろう
`と言われた人は手をすり合わせて喜び
`なれない
`と言うのを聞いた人々は
`何を言いやがる、もうろく爺め
`道祖神を祭って狂っちまったんだろうよ
`などと悪態を吐きながら帰って行った

`こうなるだろう
`という人が就かず、意外な人が就いたりすると、世間は
`悪い人事だ
`と謗った
`それゆえ朝廷も
`豊前の大君は、どう除目を語っていたか
`と、親しくしている者に
`行って尋ねてこい
`と命じた
`これは、文徳天皇・清和天皇などの時代であっただろうか