八一二一蔵人頓死の事
現代語訳
- `昔、円融院の時代、内裏が焼けたので、帝は後院においでであった
- `殿上の間の台盤に大勢の人々が着席し、食事をしていると、蔵人・藤原貞孝が、台盤に額を当てて眠り込んでしい、いびきをかいているものと思ったが、いささか間が長く
- `これはおかしい
- `と思っていると、台盤に額を当てて、喉に
- `くっくっ
- `となにか絡むような音を立てたので、まだ頭中将であった小野宮大臣・藤原実資殿が、主殿司に
- `その式部丞の寝様はどうもおかしいぞ
- `それ、起こせ
- `と命じられると、主殿司が近寄って起こそうとしたが、うずくまったような格好のまま、動かない
- `不審に思い、様子を探れば
- `もう死んでおられます
- `大変です
- `と言うので、それを聞き、居合わせた殿上人や蔵人らは、呆然とし、ものおそろしくなって、そのまま自分の向いた方向へみな走り去ってしまった
- `頭中将は
- `ともかく、このままにはしておれん
- `これを、諸司の下部を呼んで担ぎ出せ
- `と指図なさった
- `どの方角の陣から出すべきでしょうか
- `と尋ねると
- `東の陣より出すのがいい
- `と答えられたのを聞いた宮中の人々が、皆東の陣へ
- `担ぎ出て行くのを見よう
- `と集まっていたところ、方向を違えて西の陣から殿上の敷物ごと担ぎ出したので、人々は見ずに終わってしまった
- `陣の口から担ぎ出ると、父親の三位が迎えに来て、受け取って帰っていった
- `うまいこと人に見せずに済んだものだ
- `と、人々は言った
- `さて、それから二十日ほど後、頭中将の夢に、当時の姿で貞孝が現れ、ぼろぼろ泣きながら近づいて、何かを語る
- `聞けば
- `大変嬉しく、己が死の恥を隠していただいたことは、ずっと忘れません
- `謀をして、西から出していただかなかったら、多くの人に顔を見られ、死に恥を晒したことでしょう
- `と、泣く泣く手を擦り喜んでいた
- `そんな夢であった