七一三〇清水寺御帳賜る女の事
現代語訳
- `昔、頼るべきものなどなく、ひたすら清水寺にお参りをする女がいた
- `年月が積もっても、少しもご利益らしきことがないので、ますます生きるのがつらくなり、ついには長年住んでいたところを当て処なくさまよい出、寄る辺もないままに、泣く泣く観音を恨み
- `どんな前世の報いを受けているのかわかりませんが、少しばかり頼れるものをお恵みください
- `とよくよく願をかけ、御前にうつ伏し眠ると、その夜の夢に、観音様よりといって
- `それほど一途に申すので、気の毒に思われるが、わずかでも与えるべき頼りがなくて、そのことを思い、嘆くのだ
- `よって、これを授ける
- `と、御帳の帷子をきれいに畳んで前に置いた
- `と見て目が覚め、燈明の光で見れば、夢に見たように御帳の帷が畳まれて前にあるのを見て
- `さてはこれより他にお与えくださるべき物がないのかしら
- `と思うと、身の程が思い知られ、悲しくて
- `これは決していただきますまい
- `少しでも頼れるものがありましたなら、錦さえ御帳に縫って差し上げようと思っておりましたが、この御帳だけいただいて帰れるはずもありません
- `お返しいたします
- `と言って、犬防ぎの内に差し入れて置いた
- `そして再び微睡むと
- `どうしてさかしいのか
- `ただお授けなさろうとするものを受け取らず、こうして返そうとするとは
- `おかしなことだ
- `と、また授かる夢を見た
- `そして覚めればまた同じように前にあるので、泣く泣く返した
- `このようにして三度返し奉れば、それでもなお返し授かり、しまいには今度返せば無礼であるとの戒めを受けたが、そうとは知らない寺の僧が
- `御帳の帷子を盗んだのではないかと疑うかもしれない
- `と思うと心苦いので、まだ夜の深いうちに懐へ入れて出て行った
- `これをどうしたらいいだろう
- `と思い、引き広げて見て、着るべき衣もないので
- `そうだ、これを衣にして着よう
- `と思いついた
- `これを衣にして着てみたところ、その後、見る人見る人、男も女もみな、女がとても愛らしい人に思われて、知らない人の手からたくさんのものをもらった
- `大切な人の訴訟も、その衣を着て、見知らぬ位の高い場所へ参上し、口を開けば、必ずうまくいった
- `このようにしつつ、人の手からものを得、よい男にも愛されて、幸せに過ごした
- `だから、普段はその衣をしまっておき、必要だと思うときに取り出して着る
- `すると必ず叶うのだった