八一三一則光盗人を斬る事
現代語訳
- `昔、駿河前司・橘季通の父で、陸奥前司・則光という人がいた
- `武人の家系ではないが、人に一目置かれ、力などがたいへん強かった
- `世の評判などもあった
- `衛府の蔵人であった若い頃、宿直所から女のもとへ行くのに、太刀だけを帯びて、小舎人童ただ一人を連れ、大宮大路を下っていくと、大きな垣根の内側に人の立っている気配があったので
- `恐ろしい
- `と思って行き過ぎようとしたところ、八日・九日の夜も更け、月は西の山に近く、西の大垣の内側は影になり、人の立つ様子も見えないが、大垣の方から声だけがして
- `そこを行く者、止まれ
- `公達がおいでであるぞ
- `通ってはならぬ
- `と言うので
- `だからだな
- `と思い、さっさと通り過ぎようとすると
- `おまえ、さては通るつもりか
- `と誰かが走りかかって来たので、頭を低くして見れば、弓の影は見えず、太刀のきらきらとしているのが見えるので
- `木ではないな
- `と思い、頭を低くして逃げれば、追いかけてきた
- `頭を打ち割られる
- `と思い、急いで脇の方へ寄れば、追う者は走るのが速くて止まりきれずに先へ出たので、行き過ぎさせ、太刀を抜いて斬りつけ、頭をまん中から打ち割れば、うつ伏せに走り転んだ
- `よしやった
- `と思っていると
- `あいつは、どうしたんだ
- `と言って、また何者かが走りかかって来るので、太刀を差す間もなく、脇に挟んで逃げれば
- `こしゃくな奴め
- `と言って走りかかってくる者は前の者より足が速く感じられたので
- `これは、さっきのようには騙されない
- `と思い、急にその場にしゃがむと、勢いづいていたため自分にけまずき、うつ伏せに倒れたので、体を入れ替えて躍りかかり、起き上がらせずに頭をまた打ち割った
- `これまでか
- `と思っていると、いた三人のうちの最後の一人が
- `そのままでは行かせん
- `こしゃくな真似をする奴め
- `と、しつこく走りかかってきたので
- `今度は、自分はきっとやられる
- `神様仏様お助けください
- `と念じて、太刀を鉾のように握り、勢いを増して走って来る者ににわかにさっと立ち向かうと、ばたばたと合わせて駆けて体当たりした
- `相手も斬りかかってきたが、あまりに近くでぶつかったので、衣さえ切れなかった
- `鉾のように握った太刀なので、相手は体で受けて真ん中を貫き、太刀の柄を返し、仰のけに倒れたところを斬って、太刀を持った腕を肩から打ち落とした
- `そして走り去り
- `まだ人がいるか
- `と耳を澄ましたが、人の気配はなかったので、走り回って中御門の門から入り、柱に添って立ち
- `小舎人童はどうしただろうか
- `と待てば、童子は大宮大路を泣き泣き上っているので、呼びとめると、嬉しそうに駆けてきた
- `宿直所に遣って着替えを取り寄せ、着替えると、着ていた上の衣と指貫には血が付いていたので、童子にしっかり隠させ、固く口止めをし、太刀に付いた血を洗って処理し、宿直所にさりげなく入って臥した
- `一晩中
- `自分がやったという噂が出るかもしれない
- `と、胸を騒がせつつ思えば、夜が明けて後に人々がなにやら言い騒いでいる
- `大宮大炊御門の辺りで、大きな男が三人、いくらも隔てず斬り殺されている
- `おそろしく見事な太刀さばきだ
- `互いに斬り合って死んだのかと思って見れば、同じ太刀使いだった
- `敵がやったんだろうか
- `だが、盗人のような感じだったぞ
- `などと噂しているので、殿上人らが
- `どれ、行って見て来よう
- `と誘ってきた
- `行きたくない
- `と思ったが、行かないのもまた疑われそうなので、しぶしぶ出かけた
- `車からこぼれ落ちるほどに乗り合わせて、現場へ行って見れば、まだそのままの状態で置かれており、そこに、四十過ぎくらいの、かずらのようなひげを生やし、無地の袴に紺の洗いざらしの襖とよく晒された山吹の絹の衫を着、猪の尻鞘を被せた太刀を佩き、牛革の足袋に沓をきりっと履いて、脇腹をかき、指をさし、あちこち向きながらなにやら喋っている男が立っていた
- `あれは何者だ
- `と見ていると、雑色が走って来て
- `あの男が、盗人の敵に遇い、自分がやったと言っています
- `と言う
- `うれしいことを言う男だ
- `と思っていると、車の前に乗った殿上人が
- `あの男を呼んでまいれ
- `詳しく聞こう
- `と言うので、雑色は走って行き、召し連れて戻ってきた
- `見れば、高く盛り上がった頬髯で、下顎が反り、鼻が下がっていた
- `赤髯の男は、目を血走らせ、片膝をつき、太刀の柄に手をかけていた
- `どういうことだ
- `と問えば
- `昨夜半頃、ある所へ出かけるのにここを通り過ぎようとすると、怪しげな三人が
- `おまえは本当に通るつもりか
- `と言って、走り追いかけて来たので
- `盗賊だな
- `と思い、闘い倒したのです
- `今朝見れば、自分を悪く思う連中だったので
- `敵として討ち取ったようなものだ
- `と思い、しゃ頭を斬ってこうしたのです
- `と、立ったり座ったり指をさしたりなどして話すので、人々が
- `それでそれで
- `と言ってさらに聞けば、ますます狂ったように喋っていた
- `その時、その一件を人に譲ることができたので、則光は顔を上げて見ることができた
- `ばれるかもしれない
- `と人知れず思っていたが
- `自分がやった
- `と名乗る者が出てきたので、それに譲って終わったと、老いて後に子供たちに語った