一一三六達磨天竺の僧の行見る事
現代語訳
- `昔、天竺に一つの寺があった
- `住まう僧も多かった
- `達磨和尚がこの寺に入り、僧らの行いを窺えば、ある坊では、念仏し、経を読み、さまざまなことを行っている
- `別の坊を窺えば、八・九十歳ほどの老僧が、ただ二人いて碁を打っている
- `仏像もなく、経も見えない
- `ただ囲碁を打つより他は何もしていない
- `達磨和尚がその坊を出て、他の僧に尋ねると
- `その老僧二人は若い時分から囲碁の他は何もしていません
- `仏法のぶの字ひとつ聞いたことがありません
- `そのため、寺の僧は憎み卑しんで、交流することもありません
- `それでも供養などは受けているので
- `外道のごとく思っているのです
- `と答えた
- `和尚はこれを聞いて
- `きっと訳があるのだろう
- `と思い、その僧のそばにいて囲碁を打つ様子を見れば、一人は立っている
- `もう一人は座ると見えたが、忽然といなくなった
- `怪しく思い、立った僧が戻って座ったと見ていると、前にいた僧がいなくなった
- `見ていると、また出てきた
- `なるほど、そういうことか
- `と思い
- `囲碁の他には何もなさらないと伺いましたが、証果の上人でいらっしゃいましたか
- `事情をお聞かせ願いたい
- `と尋ねられると、老僧は
- `長年、このこと以外は何することもありません
- `ですが、黒が勝ったときは
- `我が煩悩が勝った
- `と悲しみ、白が勝ったときは
- `菩提が勝った
- `と喜びます
- `打つ度に、煩悩の黒を失い、菩提の白が勝つことを願います
- `この功徳によって証果の身となったのです
- `などと語った
- `和尚は坊を出て他の僧にこのことを語ると、長年憎み卑しんできた人々は後悔し、皆貴んだという