二一三七提婆菩薩龍樹菩薩の許に参る事
現代語訳
- `昔、西天竺に龍樹という上人がいらした
- `実に知恵深かった
- `中天竺の提婆菩薩という上人が龍樹の知恵深い由をお聞きになり、西天竺に出向かれ、門外に立って取次ぎを願おうとなさったところへ御弟子が外から来られ
- `どなたでいらっしゃいますか
- `と問う
- `提婆菩薩は
- `大師の知恵が深くておられると承り、冷難を乗り越え、遥か中天竺より参りました
- `その旨をお話したい
- `と言われた
- `御弟子が龍樹に伝えると、小箱に水を入れて出された
- `提婆は理解され、衣の襟から針を一本取り出し、この水に入れてお返しになった
- `これを見て龍樹はおおいに驚き
- `早くお入れしなさい
- `と、房の中を掃き清めてお入れになった
- `御弟子は怪しみ
- `水をお与えになったのは
- `遠国よりはるばるいらしてお疲れになっていよう
- `その喉を潤すため
- `と思っていたのに、この人が針を入れてお返しになると、大師は驚かれ
- `お敬いになったというのは得心がいかぬ
- `と思い、後に大師に尋ねれば
- `水を与えたのは、我が知恵は小箱の内の水のごとしである
- `しかしそなたは万里を越えてやって来た
- `知恵を浮かべよ
- `と水を与えたのだ
- `上人は暗に心を理解して、針を水に入れて返したのは
- `我が針ほどの知恵をもって汝の大海の底を極めよう
- `という意味だ
- `おまえたちは長年そばについておりながら、この心がわからずにこれを問うた
- `上人は初めて訪れても、我が心を知っていた
- `これが知恵のある者とない者との差である
- `云々
- `そして、瓶の水を写すごとく法文を習い伝えられ、中天竺にお帰りになったという