八一四三聖宝僧正一条大路を渡る事
現代語訳
- `昔、東大寺に実に裕福な上座法師がいた
- `少しも人に物を与えることをせず、けちで罪深く見える人で、当時まだ若い僧で聖宝僧正が、この上座の物を惜しむ罪の情けなさに、わざと論争を挑まれた
- `御坊、私が何をしたら僧への供物を施してくれますか
- `と言うと、上座は
- `論争をして、もし負けて、僧に供物を施すことになるのもつまらん
- `かといって、大勢いるのに、こんなことに何も答えないというのも口惜しい
- `と思い、彼ができもしないようなことを思い巡らし
- `賀茂祭の日、真っ裸にふんどしだけ締めて、干鮭を太刀の代わりに差して、やせた牝牛に乗って、一条大路を大宮大路から賀茂の河原まで
- `我は東大寺の聖宝なり
- `と声高に名乗って通りなされ
- `そしたら、この御寺の僧から従者に至るまで、豪勢に供物を施そう
- `と言った
- `内心
- `できるはすがない
- `と思い、強く言い切った
- `聖宝は僧らをみな呼び集め、大仏の御前で、鐘を打ち、仏に誓って去った
- `約束の時が近づき、一条富小路に桟敷をかまえ
- `聖宝が渡るぞ、見よう
- `と、僧らが皆集まった
- `上座もいた
- `しばらくすると、大路の見物の者らがひどく騒ぎ出した
- `何事があったのか
- `と思って頭をさし出し、西の方を見やれば、牝牛に乗った裸の法師が干鮭を太刀にして、牛の尻をびしびし叩き、尻に百千の童子を従え
- `東大寺の聖宝、上座と論争して、このように渡る
- `と声高に言った
- `その年の祭では、これが一番の見ものであった
- `そして僧らは各々寺に帰って、上座に豪勢に供物の施しをさせた
- `このことを帝がお聞きになり
- `聖宝は、我が身を捨てて人を導く者である
- `今の世に、なぜこんな貴い人がいたものか
- `と召し出して、僧正の位をお与えになった
- `醍醐寺はこの僧正の建立である