一五一五〇河原院に融公の霊住む事
現代語訳
- `昔、河原院は融の左大臣の屋敷であった
- `陸奥の塩釜の風景を模し、海水を汲み寄せ、塩を焼かせたりするなど、様々な趣向を凝らして住んでいた
- `大臣の亡くなって後、宇多院に奉ったのである
- `醍醐天皇の行幸が度々あった
- `まだ院の住んでいた折、夜半頃、西の対屋の塗籠を開けてそよそよと人のやって来る気配を感じたので、見てみると、束帯をきちんと装った人が、太刀を佩き、笏をとり、二間ほど下がってかしこまる姿があった
- `おまえは誰だ
- `とお尋ねになると
- `ここの主の翁にございます
- `と答える
- `融の左大臣か
- `とお尋ねになると
- `さようにございます
- `と答える
- `さて何用か
- `と仰せになると
- `自分の屋敷なので住んでおりますが、いらっしゃるために恐れ多く、窮屈なのでございます
- `いかがすべきでしょう
- `と答えるので
- `それは実に実におかしな事よ
- `亡き大臣の子孫の我に与えられたゆえ、住んでいるのだ
- `自分が奪い取って居座っているというならともかく
- `礼儀もわきまえず、なぜそのように恨むのか
- `と声高に言うと、かき消すように失せた
- `当時の人々は
- `やはり帝はどこか違っておられる方だ
- `普通の人なら、その大臣に逢って、そんなふうにはっきり言えるものか
- `と言った