二〇一五五遣唐使の子虎に食はるる事
現代語訳
- `昔、遣唐使で唐へ行く人が、十歳くらいになる子供を、顔を見ずにはいられないので、連れて渡った
- `そうして過していたときの、雪が深く積もった日、外へも出ずにるとこの子が遊びに出て行ったのだが、帰りが遅いので、不審に思い、出てみれば、子供の足跡の後方から踏み行くのに沿って大きな犬の足跡があり、そこよりこの子供の足跡が消えていた
- `山の方へ向かったのを見て
- `さては虎がくわえていったな
- `と思うと、どうしようもなく悲しくて、太刀を抜き、足跡を辿って、山の方に行って見れば、岩屋の入り口に、この子供を食い殺して、腹を舐め舐め臥せていた
- `太刀を持って走り寄れば、逃げてもいかず、屈まっていたので、太刀で頭を打てば、鯉の頭を割るように割れた
- `次に、また、そばの方へ食おうとして走り寄る背中を打てば、背骨を切られてくたくたとなった
- `さて、子供を、死んでしまいはしたが、脇に抱えて家に帰れば、その国の人々が見て、怖れあきれることこの上なかった
- `唐の人は、虎に遭っては逃げることさえ難しいのに、こうして虎を打ち殺し、子供を取り返して来たので、唐の人は高く評価して
- `やはり日本の国は武術では並びなき国である
- `と、褒めたが、子供が死んではなんにもならない