二一六一元輔落馬の事
現代語訳
- `昔、歌詠みの清原元輔が内蔵助になって賀茂祭の勅使をしたときのこと、一条大路を通り、殿上人が車をたくさん並べ立てて見物している前を通り過ぎる際、ゆったりと渡らず
- `人が見ている
- `と思って馬を強く煽ったので、馬が暴れて、落ちてしまった
- `年老いた者が頭から逆さまに落ちたのである
- `君達は
- `ああ大変だ
- `と見ているうちに、すかさず起き上がったものの、冠が脱げてしまった
- `髻がまったくない
- `まるで瓶をかぶったがごときである
- `馬副の者が慌てふためき、冠を拾ってかぶせたが、それを後ろにずらして
- `ああ騒がしい
- `しばらく待たれよ
- `君達に話すべきことがある
- `と、殿上人らの車の前に歩み寄った
- `日が当ると頭がきらきら光って、なんとも見苦しい
- `大路の者らは群れをなして、大笑いすることこの上ない
- `車や桟敷の者らが笑い騒いでいる中、一台の車のそばへ歩み寄り
- `君達、馬から落ちて冠を落としたのを愚かだと思われますか
- `そうは思われますまい
- `そのわけは、思慮のある人でも、物につまずき倒れることは世の常だからです
- `ましてや馬は分別などありません
- `この大路はたいへんでこぼこしております
- `馬は口をとられているので、歩むに歩めません
- `ああ引きこう引き、ぐるぐる回すので、倒れそうになります
- `馬をだめだと思ってもなりません
- `また、冠が落ちるのは、紐などで結うものではないからです
- `馬が大きくつまずけば落ちてしまいます
- `しかし悪いことではありません
- `また冠は落ちないように物を使って留めるものでもありません
- `髪をしっかり中に入れて留めるものなのです
- `しかし、私は髪が抜けてしまい、まったくありません
- `それを、落ちた冠のせいにすべきではありません
- `また、こうした例がこれまでなかったわけでもありません
- `何某の大臣は大嘗会の御禊で落されました
- `また何某の中納言はその時の行幸で落されました
- `このように例を挙げればいくらでもあります
- `ですから、事情をご存じないこの頃の若い君達が笑うべきではないのです
- `笑うのは却って愚かしいことですぞ
- `と、車ごとに指折り数えつつ、言い聞かせて歩いた
- `こうして言い終えると
- `冠を持ってまいれ
- `と言い、受け取って被った
- `その瞬間、人々が笑いどよめくことこの上ない
- `冠を被せるとき、馬副が
- `落馬されてすぐ冠をお召しにもならず、なぜこのようなつまらぬことを仰せられるのですか
- `と訊くと
- `ばかなことを言うでない
- `こうして道理を言い聞かせるからこそ、この君達は後々笑われなくなるのだ
- `そうでないと、口さがない君達はいつまでも物笑いにするのだ
- `と言った
- `人を笑わせることを役目にするのであった