八一六七出雲寺別当の鯰になりたるを知りながら殺して食ふ事
現代語訳
- `昔、都の北に上出雲寺という寺を建ててから長い年月が過ぎ、御堂も傾いてしまったが、きちんと修理する人もなかった
- `その付近に別当がいた
- `その名を
- `上覚
- `といった
- `前の別当の子である
- `代々妻子を持った法師が寺務をした
- `いよいよ寺は壊れ、荒れ果てた
- `ここは、伝教大師が唐で天台宗を広めるための場所を選んだ折、この寺の場所を絵に描いて遣わしたところである
- `高尾山・比叡山・上出雲寺の三つのうち、どこがよいだろうか
- `と思案した際
- `この寺の地は他よりもすばらしいが、僧の素行が乱れるだろう
- `ということでやめた場所である
- `たいへん尊い場所であるのに、どういうわけかこのようになり果て、悪くなってしまった
- `そんな折、上覚が夢を見た
- `自分の父である前の別当が、たいへん老い、杖をついて現れて
- `明後日未の刻に大風が吹き、この寺が倒れる
- `その時我はこの寺の瓦の下で三尺ほどの鯰になっている
- `行き場もなく、水も少なく、狭く苦しい場所でひどくつらい思いをしている
- `寺が倒れたとき、こぼれて庭を這い回るが、子供が殺そうとする
- `その時おまえの前に行こうとする
- `子供に叩かせず、賀茂川に放してくれ
- `そうすれば、広々とした思いができる
- `豊かな水の中へ行けば助かる
- `と言った
- `夢から覚めて
- `こんな夢を見た
- `と語れば
- `どういうことなのだろう
- `と言い合って日が暮れた
- `その日になり、午の刻を過ぎると、俄に空がかき曇り、木を折り、家を壊す風が吹きはじめた
- `人々は慌てて、家などを補強しつつ騒いでいたが、風はいよいよ勢いを増し、村里の家などをみな吹き倒し、野山の竹や木なども倒れ折れた
- `この寺は本当に未の刻頃に吹き倒されてしまった
- `柱は折れ、棟は崩れて、手の施しようもなかった
- `裏板の中には長年の雨水が溜まっており、大きな魚などもたくさん入っていた
- `付近の者らが桶を提げ、みなかき入れようと騒いでいると、三尺ほどの鯰がじたばたと庭へ這い出てきた
- `夢のとおり上覚の前に来たが、上覚は気づきもせず、魚が大きく美味そうなことに我を忘れて、大きな鉄の杖を持ち、頭に突き立てると、長男を呼び
- `これを
- `と言えば、魚が大きくて仕留められないので、草刈鎌というものを持って、えらを掻き切って物に包ませ、家に持って帰った
- `そして他の魚などを集めて桶に入れ、女らに頭に載せて運ばせ自分の坊へ帰ると、妻が
- `この鯰は夢に見た魚でしょう
- `どうして殺してしまったのですか
- `と気を悪くしたが
- `他の子供らが殺したって同じことだ
- `かまわん
- `おれは
- `などと言って
- `他人を交ぜずに、長男・次男らが食ったら亡き父上もさぞかし嬉しいだろう
- `と、ぶつぶつと切って鍋に入れて煮て食い
- `妙だな、どういうわけだ
- `他の鯰よりも味わいがいいが、亡き父上の肉だから美味いんだろうな
- `この汁をすすれ
- `などと旨がって食べていると、大きな骨が喉に刺さって
- `おえおえ
- `と言って戻そうとしたが、すぐに出ず、痛み苦しんで、ついには死んでしまった
- `妻は気持ち悪がって鯰を食わなくなったという