九一六八念仏の僧魔往生の事
現代語訳
- `昔、美濃国伊吹山に、長年修行をする聖がいた
- `阿弥陀仏より他のことを知らず、脇目も振らずに念仏を唱えて年月を過ごしていた
- `夜更け、仏の御前で念仏を唱えていると、空に声がし
- `汝はねんごろに我を頼む
- `今は念仏の数も多く積もったゆえ、明日の未の刻、必ず来て迎えよう
- `決して念仏を怠ってはならぬぞ
- `と告げた
- `その声を聞き、この上なくねんごろに念仏を唱え、水を浴び、香を焚き、花を飾って、弟子らにも念仏を唱えさせ、西に向かっていた
- `すると次第にきらめくものがある
- `手をすり、念仏を唱えつつ見れば、仏の身から金色の光が放たれ差し込む
- `秋の月が雲間から現れ出たかのようである
- `さまざまの花を降らせ、白毫の光が聖の身を照らす
- `このとき聖は、平伏し、尻を持ち上げて拝み入った
- `数珠の緒も切れそうである
- `観音が蓮台を差し上げて聖の前に寄れば、紫雲が厚くたなびき、聖は這い寄って蓮台に乗った
- `そして西の方へと去っていった
- `坊に残った弟子らは、泣く泣く尊がり、聖の後世を弔った
- `そんなことがあってから七、八日後のこと、坊の下役の法師らが念仏の僧のために湯を沸かして浴びせようと木を伐りに奥山へ入ったところ、遥かなる滝に覆いかぶさる杉の木があり
- `その木の梢で叫ぶ声がする
- `怪しんで見上げると、法師を裸にして、梢に縛りつけてある
- `木登りのうまい法師が登って見れば、極楽へ迎えられたはずの我が師の聖を、蔓で縛りつけてあった
- `この法師は
- `どうして我が師はこのような目にお遭いになっているのですか
- `と、近寄って縄を解こうとすると
- `すぐ迎えに参る
- `それまでしばらくここにおれ
- `と仰って仏がお出かけになられたのに、なんで解いてしまうのだ
- `と言ったが、寄って解けば
- `阿弥陀仏、私を殺す人がいます
- `わあわあ
- `と叫んだ
- `それでも法師らは大勢登って解き降ろし、坊へと連れて行き
- `ああ情けない
- `と嘆きうろたえた
- `聖は、正気も戻らないまま二・三日ほど経って死んでしまった
- `知恵のない聖は、このように天狗にばかにされるのである