七一九一伊良縁野世恒毘沙門御下文の事
現代語訳
- `昔、越前国に伊良縁野世恒という者がいた
- `とりわけ信仰する毘沙門天に向かい、物も食べずにいたため、食べ物が欲しくて
- `お助けください
- `と祈っていると
- `門で、とても美しい女が
- `家主にお話があります
- `と言っておられます
- `と言うので
- `誰だろう
- `と会ってみれば、土器に食べ物を一盛りし
- `これを召し上がれ
- `食べ物が欲しいとのことでしたので
- `と言ってよこしたので、喜んで受け取り、中へ入って少し食べると、すぐに満腹感があり、二、三日は食べ物も欲しくなくなったため、これをとっておき、食べ物を欲した度に少しずつ食べていたが、幾月か過ぎると、それもなくなってしまった
- `どうしよう
- `とまた念じると、前と同じように人が告げるので、前回にならって慌てて出て見れば、例の女房が
- `この下し文を渡します
- `これより北の谷や峰を百町越えると、中に高い峰があります
- `そこに立って
- `なりた
- `と呼ぶと、誰か出てきます
- `その者にこの文を見せ、渡された物を受けなさい
- `と言っていなくなった
- `下し文を見れば
- `米を二斗渡すこと
- `とある
- `すぐ、そのとおり行って見ると、たしかに高い峰があった
- `そこで
- `なりた
- `と呼ぶと、恐ろしげな声で返事をし、出てきた者がある
- `見れば、額に角の生えた一つ目の赤いふんどしを締めた者が現れひざまずいていた
- `これは御下し文である
- `この米を貰い受けたい
- `と言うと
- `承っております
- `と言って下し文を見
- `これには二斗とありますが、一斗差し上げよとのことでした
- `と一斗をよこした
- `そのまま受け取り、帰って、入った袋の米を使ったが、一斗は尽きることがなかった
- `千万石取っても、一向に減らず、一斗はなくならなかった
- `これを国守が聞いて、世恒を呼び出し
- `その袋をもらい受けたい
- `と言うので、国の中に住む身であるため断れず
- `米百石分奉ります
- `と言って渡した
- `一斗取っても後からどんどん出てくるので
- `これは実にいい物を手に入れた
- `と思って持っていたが、百石取り終えると米はなくなってしまった
- `袋だけになってしまったので仕方なく返した
- `世恒のもとではまた米が一斗出てきた
- `こうして言いようのない長者となった