一一一九五後の千金の事
現代語訳
- `昔、唐土に荘子という人がいた
- `家がひどく貧しくて、今日の食糧が底をついた
- `隣に監河候という人がいた
- `その人を訪ね、今日食べるための粟を乞うた
- `監河候は
- `五日後にいらしてください
- `千両の金が入ることになっています
- `それを差し上げます
- `どうして立派な人に今日召し上がるだけの粟などお渡しできましょう
- `返す返すも己の恥です
- `と言うと、荘子は
- `昨日、道を歩いていると、後ろから呼ぶ声がした
- `振り返ったが、誰もいない
- `ただ、轍に溜まったわずかな水の中で、鮒が一匹ぴちぴち跳ねていた
- `何の鮒だろう
- `と思って近寄ってみれば、少しばかりの水にとても大きな鮒がいた
- `何の鮒か
- `と訊くと、鮒は
- `私は河伯神の使いで、江湖へ行くところでした
- `それが、飛びそこね、この溝に落ちてしまいました
- `喉が渇いて死にそうです
- `助けてください
- `と思って呼び止めたのです
- `と言う
- `そこで
- `私は、二三日後に江湖という所へ遊びに行こうとしている
- `そこに持って行って放してやろう
- `と答えると、魚は
- `とてもそれまで待てません
- `今日提一杯の水で、喉の渇きを潤してください
- `と言ったので、そのようにして助けてやった
- `鮒の言葉を、身をもって知った
- `今日の命は、何か食べなければもうもたない
- `後の千金など、まったく無益なのだ
- `と言った
- `それから
- `後の千金
- `という言葉が知られるようになった